「ソロとイリヤを解剖する」　　　　　　　　　林冬子

１９６６年５月号の「スクリーン」に載っていた６ページに渡る特集を、そっくりそのまま写しました。
イリヤよりソロの方に肩入れしている林冬子さんの語りがユニークです。
では、ごゆっくりどうぞ・・・。

　　　　　イリヤだけに人気があるんじゃない
　映画なんか年に１回か２回見るかしら、というある中年女性と話をしていた時、
たまたまショーン・コネリーのことを言ったら一向に反応がない。
「ショーン・コネリーって知ってるの？」と聞いたら、
「知らないわ」という立派な返事。
「じゃ、ゼロゼロセブンって知ってる？」と言ったら、今度は
「知ってるわヨ！」と言下に答えた。
どうやら彼女、常識の有無を問われたと勘違いしたらしい。
その答え方には、一種憮然としたところがあった。
やれやれと思って、
「じゃ、ナポレオン・ソロってのは？」と気楽に聞くと、
「テレビでしょ。時々見るわ」であった。
　もちろんこんな無関心型の女性は、ソロがロバート・ヴォーンで、イリヤがデビ
ッド・マッカラムだなんて知るわけがない。
だが諸君、これが現代の常識なのよ。
大人とは、そういう無感動、無感覚の世界にいる、憐れな人種のことなのです。
　さて、「ナポレオン・ソロ」、いやもっと正確に言えば、「アンクルの男たち」の中
ではイリヤが圧倒的な人気らしい。
なぜかということをつくづく考えたならば、これは彼を愛する同姓たちの仲間意識
がそういう結論を出すのであろうという結論に、私は達したのであります。
と言うのは、私はどちらかといえば、イリヤよりソロの方がイイからです。
ソロの方がグッと男くさくて、多少キザでイカレてる点を我慢すれば、頼りになる
相手と思えるからである。
イリヤみたいにカワイコちゃん（私は女だから、年下のイリヤはカワイコちゃ
んだ）と並んで歩いたら、皆が振り返るに違いない。
イリヤこそいい迷惑で、彼の現在のファンたちから、「あんな変な人と人目に
触れる所を歩かないで下さい」と、抗議されるに決まっている。
これがソロなら、「彼も趣味が広いからなぁ」ぐらいのお笑いで済むであろう。
つまり、私がイリヤよりソロに惹かれる理由は、私とイリヤの距離がそれほど
離れているということであり、それがまた君が（いやあなたが）ソロよりイリヤ
に惹かれる理由となるのである。
　イリヤはカッコ良くて、純情そうで、生真面目で、未熟な美しさがある。
引っ込み思案で、陰の濃い表情をしている。
黒いタートルネックのセーターで、気軽にヤァと声をかけそうだ。
彼は若い世代とすぐ同調して、その中に溶け込んで行くだろう。
男の子はイリヤを仲間にし、女の子は彼におネツを上げる。
イリヤは幸福な青年だ。
誰にでも愛される。
　このイリヤの特性が、魅力が、私にはさっぱりピンと来ない。
むしろ、ゴメンこうむりたいのである。
ソロのように強引で、人の気も知らないで、己がペ−スでことをどんどん運
んで行ってしまうような男の方がマシなのである。
　このふたりの男たち、全く水と油である。
出身も違えば、環境も、生き方も別。
あなたと私の意見が対立したところで、ふたりのスター、マッカラムとヴォー
ンをとことん比べてみよう。
　　　　　　過去、生い立ちについて
　画面で見るとかなり年齢的に離れて見えるが、実際には１つ違いのヴォーン
とマッカラムである。
この違いは、ヴォーンが独身でマツカラムが３人の父と聞くと、なお変な感じが
する。
一口に言えば、ヴォーンは苦労人で、マッカラムはぼっちゃんで育ったせいで
あろう。
ヴォーンがニューヨークの生まれで、マッカラムは大西洋を隔てた大英帝国の
スコットランドで。
グラスゴーはスコットランド一の都会だから、ふたりとも都会生まれである。
だが、似ているのはそこまでである。
　ヴォーンは生まれてから９カ月で、ミネソタ州ミネアポリスの母方の祖父母の
家に預けられ、そこで老人たちに育てられた。
生父母は仲が険悪になり、父ウォルターはラジオの声優だったがほとんど失業
状態、母マーセラは舞台女優だったが食べるために旅巡業を始めたので、赤
ん坊は邪魔だったのである。
どちらにしてもヴォーンが生まれた時、その誕生を喜んだ肉親はいなかったら
しい。
余計者だったのである。
５歳まで父を知らずに育ったヴォーンは、この年母に連れられてニューヨーク
に行くが、初めて見た父は他の女性と同棲し、泥酔いしていたという。
やがて母は再婚するが、義父も酒呑みで、３９歳でアル中で死んでいる。
どこまでも運の悪い母親だった。
この頃ミネアポリスで成績劣等のまま中学を卒業していたヴォーンは、母のい
るニューヨークに出てきて、昼間は雑役や小使いをやり、夜は定時制の高校に
進む。（後に猛烈な勉強家になり、あちこちの大学を経るのは興味深い）
　ラジオの朗読コンテストに受かったことから芸能界入りを目指し、１９５６年か
らハリウッドにやって来て、徐々に頭角を現した。

 　
ヴォーンに比べるとマッカラムは良家の出身だ。
父のデイビッド・マッカラム氏は現在もロンドン交響楽団のコンサート・マス
ターである。
母親のドロシーもセロ奏者で、同じ楽団員だったが、現在もそうかどうかは
確かではない。
とにかく一流の音楽家の家庭に生まれ、メイドに守られて育ち、少年時代は
ロンドンに移りパプリック・スクール（私立で全寮制の金持ち学校）に通った。
両親は、兄のアイアンと共にデビッドを音楽家にするつもりだったが、どの楽
器もあまり上達せず、またデビッドはレッスンに頑強に抵抗して、芸能界に憧
れた。
さすがの父も持てあまして、少年に芸能畑の空気を吸わせてみることに同意
しそれからのデビッドは、ＢＢＣ放送局の声優、舞台の子役などを経て、１６
歳の時王立演劇アカデミーに入った。
しかし、十代の活発な動きに比べて成人後のデビッドはあまり芳しくなかった
が、イギリスの若手映画スターとしてまァまァなところをハリウッド映画に引き
抜かれ、イリヤの役をつかむ。
　ヴォーンがいかにもアメリカ的なニューヨークの二流芸人の息子で、ろくに
教育も受けずにのし上がってきたのに比べ、マッカラムはイギリスの格式豊
かな一家に生まれ、そのままで何とか音楽家として生きて行けた筈なのに、
あえて「ヤクザな商売」を選んだというところが面白い。
ヴォーンの生臭さ、こすさ、すばしっこさは、早くから世間に揉まれ、肉親へ
の愛に薄かった子らしい性格だし、マツカラムのおっとりした、やさしく、繊細
な感覚は、ホントの生活苦を知らない若者らしい特性だ。
これが「ナポレオン・ソロ」の演技の中にも、いつのまにか姿を表している。
テレビのシリーズものは、映画以上に「作られた性格と、状況におかれたヒー
ロー」を登場させるが、結果的には１年のうち３分の２まで毎週毎週そのスタ
ーと付き合えば、おのずと「地」が出てしまう。
ヒーロー＝スターと、ファンが錯覚するのもムリないのである。
　　　　　　性的魅力度
　ヴォーンもマッカラムも、体格からいくと特に高い方ではなく、マッカラムに至っ
てはむしろ小型だ。
　マッカラムは、彼に性的魅力があると言われてビックリし、
「性的魅力というのは、男なら身長１９０ｃｍ以上、体重は９０キロもあり、筋肉
隆々、髪の毛が黒っぽくて、胸毛のふさふさした言わばチャールトン・ヘストンみ
たいな人のことかと思った」
と、さかんに自分でショックだ、ショックだと繰り返していた。
　だが性的魅力とは、時と場合に多いに影響される。
未婚で夢多いハイティーンには、お兄さまらしいマツカラムも魅力があり、既に
既婚の女性にはプレイボーイ型のヴォーンがいい。
ついでにひとこと弁解しておくと、マッカラムはいかにも痩せこけて、ひょろひょろ
している様だが、彼が裸になったとこ、近作の「地獄へ道連れ」で見たでしょう。
あそこでは、ミイラの実験台にされてまことに面目なかったが、良く見ればマッカ
ラムは肉が厚く、肩も上膊も筋肉がいかっていて、ちょうどいい位にもりもりして
いる。
私に言わせれば、むしろヴォーンの方が曲者で、案外ぽちゃぽちゃと丸くふくら
んでいて、男性的魅力さっぱりなのかもしれない。
私は大鵬みたいな肉付きの男性には、全然魅力を感じない。

 　
　人は体格によって性格もほぼ決まる、と言ったのはクレッチマーという心理
学者だけれど、確かにそうも言えそうだ。
太ってコロコロした人は、外観だけでなく、性格も明るく、善人であるようだ。
　マッカラムは几帳面で、神経質で、ほとんど感情が激変することがない。
「僕は典型的なスコットランド人で、本心を外部に表さないのだ」と、言う。
スコットランドにはそうした共通の性格があるのかもしれないが、現在アメリカ
人のど真ん中に、生粋のスコットランド人一家が住んでいるのだから、本心
を外部に表すゆとりがないのだ、と解釈できないだろうか。
我々日本人にはピンと来ないが、アメリカ人が見たマッカラムは、かなり外国
人的な男性なのだろう。
セリフなんかも、確かに歴然とアメリカらしくないから、小柄でも性的魅力があ
るということにも一脈通じる。
ヴォーンはこの点、アメリカ人であるというだけでもハンディキャップがある。
ふたりの人気の差があまりにも激しすぎるので、ヴォーンとマッカラムは仲が
良くないという。
ヴォーンがひがむのは当たり前である。
「ナポレオン・ソロ」は、大体ソロのシリーズでソロが主役なのに、ソロが張り
切れば張り切るほどイリヤに人気が集まるとは、何とも皮肉である。
　　　　　生活体系の違い
　仕事を離れると、このふたりのスターが私生活でも親しく交際しているという形
跡はない。
これはライバルであると同時に、生活のあり方が全く違うからだ。
　ヴォーンは３３歳の現在まで未婚で、ロサンゼル市を見下ろせるローレル・ケ
ニオンの丘の上に、１２室もある豪勢なマンションに住んでいる。
室内の飾りつけも凝っていて、ルイ王朝風のものや、フランス・プロバンス風、
地中海風と、ヴォーンが自分で集めたイスやテーブル、壁掛け、戸棚が居間
に置いてある。
またダイニング・ルームは、１８人から２０人のお客を呼んでもいい用意が出来
ている。
バー、プール、２台の車（ブラックのリンカ−ン・コンパ−チブルとグリ−ンのス
チン・レイ）など、独身男性として楽しめるだけの条件は全て揃っている。
彼のガールフレンドは、現在はジョイス・ジェイムスンである。
「ボブ・ホープ・ショー」に出ていたコメディエンヌで、ニューヨークの舞台に出た
りする。
８年前ヴォーンがハリウッドに来た時からの付き合いだから、あまり若くはない。
いわゆる可憐なタイプではなく、むしろさばさばしたおばさん型。
ヴォーンには、コニー・スチーブンス、ナタリー・ウッド、ジョーン・オブライエン、
インガー・スチーブンスなどなど何人ものガールフレンドがいたが、結局はジョ
イスとずっとというわけ。
互いに独身で仕事があるからというものの、この二人の仲はむしろ微笑ましい
ような気がする。
　逆に、マッカラムは堅実型だ。
男とは、結婚して子供が出来て初めて一人前になるのだ、と考えている。
だがその過程を見ると、いささか学生結婚的である。
２０代の始めに映画スターとしてデビューしたマッカラムは、まだ少年のよう
な初々しさがあった。
　精神的には未発達のところがあったかも知れない。
彼は３つ年下のジル・アイアランドを映画雑誌で見てポーッとなった。
一目惚れしたのである。
　ジルはデビッドと良く似ている。
ちょうどアラン・ドロンがナタリー夫人とそっくりのように。
デビッドは自分の分身が女性の姿をして現れたようなジルに熱愛な恋を
し、強引に求婚してふたりは結婚した。
ハネムーンのさめた頃、ジルはもう赤ちゃんを生む体になっていた。
　若い頃のマッカラムは、きっとナルシストの強い青年だったろう。
その彼が、ジルを通して人生を発見した。
ジルが妻になり、母になりするうち、生活に適応して行く姿を観察し、あぁ
人間とはこういう風に変わっていくものなのかと感じたという。
性格的にはマッカラムよりジルの方が強そうなこの夫婦、不和説など時
々聞くが、マッカラムはまだ彼女を深く愛している。
まだアメリカでは特に親しい友人もないらしく、彼の生活は家庭を単位とし
て成立している。
　だが、最近のあちらのテレビ・ショーにゲスト出演したマッカラムは、ドラ
ムを叩いたり、南部訛りで老人に変装したり、コメディアン的な明るさを特
技として披露したというし、ヴォーンの方も別のショーに出て、シェイクス
ピアの劇を朗読したり、民主党主催のテレビ講演会でジョンソン政権の
ベトナム政策を批判して注目されたりした。
　
　まだまだ「ナポレオン・ソロ」以外にも才能を秘めているふたりである。
あまりエコヒイキなしで見守ってやってください。